英雄譚なんて、僕には似合わない。第35話①
メアリーの記憶が、どんどん吸い取られていく。
ガラムドに記憶エネルギーが蓄えられていく。
――が、それは途中で中断される。
「……何?」
ばちっ、と電気が弾けるような音がした。
それは、メアリーとガラムドの間に存在する『何か』だった。
「あなたは、もうこの世界に介在出来ないはず……。どうして、どうして!」
「どうして、って……」
一息。
「愛する女のために、ピンチを救うのは良くある話だろ?」
背中を見ていた彼女は、それが誰であるかをはっきりと目の当たりにしていた。
「……ふ、フル……!」
そこに立っていたのは、かつての予言の勇者、フル・ヤタクミだった。
◇◇◇
影神の頭にノイズが走る。
『……くっ。何だ、このノイズは……』
その瞬間、影神は姿を見せる。透明化させていた彼の術がうまくいかなくなったのだ。
「今だ、カラスミ=ラハスティ!」
「くっ。あなたに命令される筋合いなんて無いわよ!」
カラスミは駆け出して、影神に向かって攻撃を開始する。
影神は何度も『上の次元に移動しようとしても』なおもそれが実現出来なかった。
「まさか……、まさか、私を見捨てたというのですかっ!! 神、ムーンリット・アート!!」
そして、影神の姿は真っ二つに切り捨てられた。
動かなくなった彼の姿を踏みにじり、カラスミはその骸を見つめる。
「……今、なんと言った?」
『ムーンリット・アート。私の名前です』
踵を返す。
そこには、一人の女性が立っていた。否、浮かんでいたといった方が正しいかもしれない。
目を瞑っていた――或いは開けることが出来ないのか――女性は、ゆっくりと降り立って、一言呟く。
「私の名前は、ムーンリット・アート。管理者と影神に権利を委譲していた、神です。この世界を作り上げたのは全て私。そして、この世界での責任も、私が悪い。ずっと表に出ること無く、影神の様子を窺っていたのですから」
「……どういうこと?」
「影神は、私を乗っ取ろうとしたのです。私の意識を、私の精神を。そうして、彼は世界を作り替えた。それが、この世界。私は無数の世界のうち、たった一つの世界だけですが、それでも、その世界を影神によって作り替えられてしまった。あなたたちには次元が遠すぎて、何を言っているのかさっぱり分からないかもしれませんが、しかして、それは間違いではありません。貴方達の世界は、はっきり言って『不完全な世界』でした。記憶エネルギーによって生み出された、不安定で不完全で不確定な世界。それが貴方達の住む世界」