増刊 かわらや日記

巫夏希の日常

英雄譚なんて、僕には似合わない。第25話③

 村長の言葉は、はっきりと伝わっていた。
 しかし、動くことが出来なかった。
「……ラムス。もう一度尋ねるぞ。見ておったのだろう? 正直に答えなさい」
 そして、彼はゆっくりと、口を開けた。
「……はい。申し訳ございません。裏口から出る村長様の姿が見えたものですから……」
 それを聞いた村長は深い溜息を吐く。
「やれやれ、気づかれないようにしたつもりだったがな……」
 そして、村長はゆっくりと振り返り、ラムスと対面する。
 ラムスはすっかり顔を強張らせていた。これからどんな罰が待ち構えているのか、と恐怖が彼を包み込んでいた。
 それを見ていた村長は、再び溜息を吐くと、
「別に苛めるつもりは無い。いいから、中に入ってきなさい」
「……宜しいのですか?」
「良い。私が許可する」
 そうして、恐る恐る、彼は祠の中へと入っていく。
 中はひんやりとしていた。まるでそこだけ空気の時間が止まっていたような、そんな感覚に陥らせた。
 祠の中は狭く、彼と村長が入ってしまうともういっぱいになってしまうくらいの狭さだった。
 そして祠の奥には棺が立てかけられており、剣が両手に抱かれていた。
「……あれは、一体何なのですか? 剣、のように見えますが」
「その通り。あれは剣だよ。……一万年以上も昔の話だ。かつてこの星がもっと広い場所だった頃の話、人間が争い、そして星は分裂した。その昔話は聞いたことがあるだろう」
 こくり、と頷くラムス。
「これは、そのときに使われた剣だよ。そして剣を持っているのはかつてのリーダーであり、我らリザードマンの英雄であるファランクス。今は風化してしまっており、ミイラと化してしまっているがね。彼の剣を、私たちはずっと守り続けているのだ。それを、神と同じく扱うために祠も作ってね……」
 一息。
「これは、代々村長になるリザードマンに教え込まれる話だ。だから、村長以外のリザードマンが知ることも無い。それがたとえ歴史の編纂に携わったリザードマンであっても」
「……これは、永遠に守られ続けられるのですか? 僕たちにも、真実を伝えぬまま」
「剣がどこかにあること自体は知られ続けていただろう。そして、ここには最初何が眠っていると考えられていたかね? いや、どう教えられていたか、と尋ねればいいか」
「……ここには、リザードマンの始祖であり偉大なる戦いで戦ったファランクス様を祭っていると、子供の頃から教えられてきました。しかし、こんな剣があるとは……」
 その剣を見て、ラムスは美しいと思った。
 一万年以上もこの場所に置かれているはずなのに、まったく風化されていないその剣は、まるで風化させまいという何かの怨みにも似た感情が働いているようなそんな感じにも思えた。
「……さて、戻る前に、お前に話しておかねば成るまい。何故、私がここにやってきたのか。そして祠の扉を開けたのか」
「祠の中身を確認したかった……ということですか? 誰かに盗まれていないか、とか」
「ほう。結構良いところを突いてくるな。……間違っていないよ、今朝そういう『啓示』があったのだ」
 啓示。
 村長は代々、そういった啓示を受ける一族の元に成り立つ。
 そしてその一族は、リザードマンの中でも優秀な血筋を持った存在であると信じられてきた。
 その村長が、不穏な啓示を受け取ったのだ。
 だから、祠にやってきたのだろう。
「それは……どんな啓示なのか、教えていただくことは出来るのですか」
 ラムスの言葉に、やがてゆっくりと村長は頷いた。