英雄譚なんて、僕には似合わない。第17話①
「ここは、いったい……?」
白一色の世界。
世界は白一色。
僕だけしか居ないその世界は、何も見えない――孤独だった。
「誰も居ない、誰も居ない。その世界は、まるで――」
「君の心のような?」
背後から、誰かの声が聞こえた。
それは聞いたことのあるようで、無いようで、やっぱり聞いたことのあるような声。
「……誰?」
「君こそ、誰だい?」
振り返る。
そこには――リニックが立っていた。
鏡映しの如く、彼と彼が白い世界に立っていた。
もう一人の彼が笑みを浮かべる。
「……君は、僕なのか?」
リニックの言葉に、もう一人のリニックは頷く。
「そうさ。僕は君の中のもう一人の僕。……何を言えば良いのか分からないけれど、君の中の『迷い』が具現化したものと思えば、それで構わない」
「迷い……。僕の心に迷いがある、と?」
「迷いだらけじゃないか、君の心は」
とん、とリニックの心臓の部分を指さす。
すると彼の心がそのまま抜き出されていく。
それはハートの形をしていたが、徐々に一つの線に変わっていった。
「……それは……」
「ああ、安心して。君の心はちゃんと君の中にある。そして、これは君の心をコピーしたもの。君の心は何だってなれる」
線を鞭のようにしならせて、それを踏みつける。
すると線は折れ曲がり、やがてL字型になった。
「こうすれば、心はささくれる」
「ふむ」
「けれど、どんな形にだってなることは出来る。それは誰にも想像することは出来ない」
ふわふわと浮かび上がったそれは、彼の目の前で様々な形に姿を変えていく。
魚、雲、牛、馬、人間、円。
「そう。人間の心は、どんなものにだってなることが出来る。どんなものにだって変化することが出来る。だからこそ、心は――劣化しない。心は盾で覆われてしまうと、プロテクトされてしまうことになるのだけれどね。分かるかい、その意味が」
「どういうことだよ、さっぱり分からないよ」
「コンピューターのコアを想像して貰えればいい。セーフモードで起動することがあるだろう? 人間の心に傷が付きそうなとき、セーフモードに移行するんだ。そうすると、ある程度の年齢は退行してしまうけれど、見た感じは何も変わらない。要するに、心が幼児退行しているんじゃない。事前に用意されたセーフモードで心は起動する。ということは、どういうことか分かるかい?」
「何が言いたいんだ、さっぱり分からないよ」
「人間の心は、身体に一つとは限らない――ということだ」