英雄譚なんて、僕には似合わない。第5話①
赤ワインを飲み干し、彼女は話を続ける。
クリーム色の髪をした彼女は、長い髪をたなびかせていた。
赤いワンピースに身を包んだ彼女は、彼らがやってきたことを気にも留めず食事をしていた。テーブルの上には、パンと赤ワインとベーコンとブロッコリー。勿論赤ワインはグラスに注がれて、それ以外は皿の上にのせられているのだが、それが普通の食事に見えないということは彼でも分かることだった。
「……あの、いったい何を?」
「見て分からないの? 食事よ、食事。人間、エネルギーが枯渇したら何も出来なくなるから」
食事。
それにしてはとても質素なものだった。普通、パンと赤ワインはまだしもベーコンとブロッコリーだけってどうなのだろう、と思うのが当然だった。それに味付けもされているかどうか危うい。
「あの、それ」
「栄養バランスのことを言いたいのなら、無視して貰って結構よ。……まあ、皆が言ってくることではあるのだけれど」
どうやらもう慣れっこらしい。ならば言う必要も無いだろう。
リニックはそう思いながら、あたりを見渡す。気づけば椅子が一つ座るように後ろにずらされていた。
「どうぞ、お座りください。総帥は、あなたとの対話を希望されています」
「総帥……ねえ」
どうせろくなところの総帥じゃないのだろう、なんてことを考えていたが――。
「ろくなところの総帥、とでも思ったら大間違いよ?」
ワイングラスを傾けながら、彼女は呟く。
それを聞いたリニックは耳を疑った。まさか思考を感じ取ったとでも言うのか。
「思考を感じ取る、とは少し違うわね」
さらに、思考を感じ取った彼女は話を続ける。
「考えていることが耳に入ってくる、ということかしらね。口には封をすることが出来ても、脳には封をすることは出来ないでしょう? つまりそういうことよ。要するに、結局の話、一つの結論を先延ばしにすることは出来なくて、一つの結論を元に戻すことは出来なくて、だからといっても元に戻すことは出来なくて……」
「え、ええと……つまり?」
「つまり、壊れてしまったピースは元には戻せない、ってことよ。ミルクパズルって知ってる?」
「ミルクパズル……。確か全面白のパズルですよね」
「そ。割れ目だけを頼りに元に戻すのだけれど、それの最後のピースが違っていたら、あなたはどうする?」
「え、えーと……多分、別の奴と混じったんだろうな、って思って探しますね。それで、見つかればいいですけれど」
「見つからなかったら?」
「そこで諦めちゃうかもしれませんね」
「液体がどろどろと垂れてきているとしたら?」
「別のもので……うーん、例えば布とかで覆うかもしれません。取りあえず急ごしらえで。だめならそのとき考えます」