増刊 かわらや日記

巫夏希の日常

英雄譚なんて、僕には似合わない。第2話②

「へ?」

 言われて荷札を確認するリニック。
 確かに発送元の情報が何一つ書かれていない。重量もそれなりにあって、はっきり言って不安だ。

「……これ、何ですかいったい?」
「こっちが聞きてえぐらいだよ。一応、検査には通っているから問題ないとは思うんだけれどさ。ま、変なものだったら連絡して捨ててくれや。そのほうがこっちとしても有難い」
「……了解しました」

 それってそっちが確認するべきじゃないのかな、とリニックは思ったがこれ以上言わないことにした。
 郵便屋のリフィードとは長い付き合いだ。別に学校が同じだとか年齢が近いとかそういうわけじゃない。お節介と言ってしまえばそれまでだけれど、しかし何かそうとは言いがたいものがある。
 それに彼とは、いろいろなところで工面してもらっているところがある。彼は両親からお金を入れて貰っているというものの、それでも足りなくなる時がある。理由は彼が興味のある学問については、分け隔てなく情報を取り込もうと思っているため、どれほど高い参考書であろうとも購入してしまうためだ。そのため彼の部屋は本が山積みとなっており、読めていない本も少なくない。
 そういうこともあって、お金が少なくなってしまうと、リフィードがちょうどそれを見計らってバイトの仕事を持ちかけてくるのだ。バイトの内容は決まって郵便物の配送。それも寮内なので移動の手間賃もかからない。リフィードとしても、寮内を知っている人間をバイトに雇えば、楽に仕事が出来ると思っているのだろう。
 リフィードが扉を閉め、改めてリニックはその荷物を確認する。箱はそれほど大きくない。しかし、荷札に配送元が書かれていないことがあまりに気になる。彼は通信販売を利用しない人間だから、そこから荷物が送られてくることもないし、そもそもそういうところだったらきちんと配送元の住所ぐらい記載してくれるものだ。
 しかし、検査を通ったと言うことは比較的安心出来るものなのだろう、という推測が彼の中でできあがっていた。それはつまり、ある程度安心を得られると言ってもいいだろう。
 だが、だからといって、不安をすべて拭いきれるわけでもない。

「……やっぱり怪しいよなあ。受け取り拒否、しておけば良かったかな?」

 でもそうすると荷物は郵便局に置きっぱなしになる。それはそれでリフィード側の負担が大きくなるから直ぐに考えるのを止めた。
 しかしながら、荷物をどうすれば良いかという結論には未だ至っていない。このまま放置するわけにもいかないし、だからといって箱を開けるのもどうかと思う。

「でも一応検査は通っているわけだし……中身は問題ないと判断しても良いと思うんだよな……」

 自信をつけたかった。
 何とかそれで自分のやる気を取り持ちたかった。
 そうして、彼は何とか思い切って――箱を開けた。
 箱の中には、卵が入っていた。そして手紙が一通入っている。卵、とはいっても通常リニックたちが食べるような卵にしてはあまりにも大きい。

「……これ、卵? にしても大きいけれど。えーと、何か手紙があるな……」

 手紙には一言、こう書かれていた。


 ――卵のボタンを押してください。


「ボタンを、押す?」

 意味が分からなかったが、卵の表面を見つめていると、確かに小さなボタンがあった。
 そのボタンを見ると、普通は押さない方がいいという結論に至るのだが――。

「ええい、ままよ!」

 そこで彼は、ボタンを押すという選択に至った。
 すると、卵が真っ二つに割れた。
 割れると、そこから出てきたのは――黄身では無かった。
 そこに居たのは、一人の少女だった。

「これ……ただの卵かと思っていたけれど、違う……。『マジック・エッグ』に人間を閉じ込めるなんて……!」

 マジック・エッグ。
 その卵に閉じ込めることで、様々なアイテムを小さくすることが出来るアイテムだ。しかしそのアイテムはスノーフォグの技術でも見つからず、結局はオーパーツと化していたのだが、今その一つが彼の目の前に存在していた。

「……君は、いったい?」

 少女は、黒いローブを身にまとっていた。そこから表情を窺い知ることは出来ない。

「今、それを話している時間はありません。……あなたが、リニック・フィナンスですね? 錬金魔術の研究をしている、大学生である、と」
「え、ええ……。それがどうかしましたか?」

 普通、見ず知らずの人間には自分の素性を明かさないのが普通だろう。
 しかし、そのときのリニックはあまりそういうことを考えられなかった。考えられずにはいられなかったのだ、その少女は何者で、自分に何をしたいのか。

「私はあなたを助けに来ました。そして、あなたが『英雄』であり、事を成し遂げなくてはならないということを、伝えに来たのです。いいですか、今から私とあなたでこの大学を脱走します。有無は言わせません。何せ、このままだとあなたは今日死んでしまうでしょうから」
「どういうことだよ、いったい何が起きているんだ……! まずはそれを話してくれないと何も――」

 彼の言葉を遮断するかの如く、大きな爆発が起きた。

「何だ、今の爆発は……!」
「まさか、もう……!」

 彼女は素早く扉を開けると、周囲を確認する。
 扉を開けるといっそう騒がしい声が聞こえてくるのが確認出来る。それが、人々が何かから逃げているということだと気づくまで、そう時間はかからなかった。

「なあ、これっていったい何が起きているんだ……!」
「話は後! ちぃっ。あいつら、もう嗅ぎつけましたか……!」

 何を嗅ぎつけたのか、教えて欲しかった。
 しかし今それを話したところで何も進まない――それは彼も悟っていた。

「良いですか。とにかく今から私とあなたはこの大学を脱出します。ノーと言えば私はこのまま一人で脱出します。ですが、彼らは……敵はあなたを狙っています。あなたを殺そうとしています。良いですか、もしあなたが死ねば……世界は滅びる!」
「いったい、何を言っているんだよ。訳が分からない! 英雄? そんなもの、僕に似合うわけがないだろうが!」
「似合う、似合わないの問題じゃあないんです! あなたが何もしなければ、間違いなく世界は滅びる! それは、間違いなく決められていることです!」
「決められているとか、決められていないとかそんなことはどうだっていい! ただ僕は錬金魔術の研究さえ進められれば良かったんだ。それさえすれば……!」
「……じゃあ、こう言い換えましょう。私についてくれば、『錬金魔術』を現役で使っていた人に会わせましょう。研究の題材にでもすれば良い。ただし、まだ生きているから解剖なんてそんな巫山戯た真似はさせません」
「…………何だって?」

 それを聞いた彼の目つきが、どこか変わったような感じがした。

「……だから言ったでしょう。私とともに行動すれば、あなたの研究テーマである『錬金魔術』を未だ使っている人間に面会させることを許可します! だから、私の言うことを聞いてください」
「その言葉、忘れるんじゃないぞ!」

 そして、リニックと少女は行動に移す。
 まずはこの戦場と化した大学から脱出せねばなるまい。