英雄譚なんて、僕には似合わない。第1話②
アースにおける人類居住区は現在八つのブロックで構成されており、そのうちの一つが教育エリアとなっている。教育エリアは文字通り、学校により構成されており、その大半を占めている。残りも学生のための寮であったり、学生のための商業施設であったり、冗談抜きでそこから出なくても生活できるレベルにはすべてがまとまっていた。
教育エリアに入るには特別なカードキーが必要であり、出入りのたびにそれを確認させられる。それ以外の場所からの入出場は原則禁止となっており、また、学生と予め許可された人間以外が入出場することも原則禁止となっている。入るためには予め許可を貰う必要があり、貰うまでには最低一ヶ月はかかると言われている。
そんな大学エリアの一室、研究室にて一人の青年がうんうん唸りながら論文を見つめていた。
「……ああ、もう少しでこの謎が分かるんだけれどな……。流石に教えてはくれないだろうし」
彼の名前はリニック・フィナンス。
この大学で魔法学を研究する大学生である。
今、彼は魔法学の中でも『難易度の高い学術』と言われているある学術について研究をしていた。
錬金魔術。
今や魔法が当たり前となった世界において、『魔術』と『錬金術』が融合した魔術を研究すると言うことは、この世界にとっては『遅れている存在』と認識されていても仕方が無い。
しかしながら、魔法の基礎には魔術があり、大元を辿ればすべては『観測者』であるガラムドから分岐したものである。つまりこれを研究しない手はない。そう思っていたのだ。
そもそもの話として。
魔法と魔術にはどのような違いがあるか、という点について説明せねば成るまい。
魔術は、魔方陣を描き詠唱を行う。それにより元素の力を借りて魔術を発動させる。
魔法は、その魔術の簡素版である。そう言ってしまうと非常に元も子もない感じではあるのだが、魔術の中でもっとも基礎とされている『魔方陣』を省略したのが魔法である。
では、魔法はどうやって発動させるのか。
答えは簡単だ。魔法を発動させるとき、自らの気の流れを円に見立てれば良いだけの話。魔法発動時、魔術師(魔法が一般的となった今、この名前はとても錯誤的ではあるが、『魔法師』だとそれはそれで格好が付かないのだろう)は、円のイメージを描く。
つまり、魔方陣を自らの身体に『作り上げる』イメージを立てて詠唱を行うのだ。
それにより魔方陣を描く必要は無く、千を越えるとも言われている魔方陣のバリエーションに応じてわざわざ書き替える必要も無くなった、ということだ。
では、錬金魔術とは何か。錬金術は、基本的には魔術と変わらない。しかし、そのエネルギー源が元素ではなく、もともと存在しているものを利用する。例えば橋をその場所に架けようとしたら、元素としてのエネルギーは消費されないかわりに、周囲の地面を刮げ落とす。そして、その地面を利用して橋を架ける。それが錬金術だ。元素を使う場合は無限に利用できる(ただし、魔術師の精神力に応じて上限は変動する)が、そこにあるものを利用する錬金術には、物資の限界が存在する。そのエネルギーを『無かったことにする』抜け道も存在するが、それはもはや幻、あるいは空想に近い。
では、錬金魔術とは何か、という本題に漸く入ることが出来るのだが――。
「リニック、届け物だぜ」
そこで、リニックは彼の世界から解き放たれることとなった。リニックはずっと論文を読んでいたのだが、それを聞いて思い切り立ち上がる。あまりに思い切り過ぎて椅子が倒れてしまうくらいだった。
それを見た男はニヒルな笑みを浮かべていたが、直ぐにその荷物をリニックへと放り投げる。
「おおっと。投げないでください、って言ったじゃないですか。郵便屋さん」
「わりいわりい。今日は大量の荷物があってよ。なかなか運びきれないものがあるんだ。あー、誰かが助けてくれれば十分有難いんだけれどよ」
「……お金には困っていませんし、僕も学生の性分を果たす必要があるので」
「何だ、けち臭いことを言って。……まあ、仕方ないな。発表会、来週だろう? 何かいい論文でもできあがっているのか?」
「はい! 勿論……とは言いたいのですけれど」
「錬金魔術だったか? まー、難しいタイトルに挑んだものだよな。そんなもの、実際に使えるかどうかも危うい魔術なんだろ? それに、その技術も百年前に居た『勇者の仲間』が使っていたのが最後って話もあるし、仕方ないんじゃねーの? 流石にもう生きてはいないだろうしなあ」