増刊 かわらや日記

巫夏希の日常

僕とポケモン。

こんにちは、かんなぎです。

原稿が遅れ気味なので、小説を書きたいところですが、仕事の昼休みに集中するのもどーかと思いましたので(なんか突っ込まれるのもやだし)、ブログを書くことに。

 

テーマはタイトル通り。

僕がいかにしてポケモンを知り、いかにして人生を歩んだか。

 

簡単ではありますが、もしかしたら何回かに分けるかもしれませんが、語っていきたいとおもいます。

なお、本記事はすべてフリック入力のため、誤字には気をつけているつもりですが、操作を間違えて変なことを打ってしまうこともあるやもしれませんが、ご承知おきください。

 

1996年2月27日。

ポケットモンスターが発売されたのは、今から21年前のことでした。

95年生まれの僕は、当時まだよちよち歩きもしてないようなくらいだと思うので、そのころはポケモンのぽの字も知らない状態だったわけです。

当時の僕は電車が好きでして、アルファベットや漢字は駅名標で覚えました。いまだに乗り鉄です。特に理由もなく愛知県一周(途中下車は無し)するくらいには。

 

はてさて。

話は変わって、実家に帰ったある日のことです。

実家は東京にあり、古き良き下町風景の中にありました。いまは誰も居ないので取り壊されてしまいましたが、木造の二階建てでした。

一階にはリビングがあり、二階にはそれぞれの部屋がありました。父親は三人兄弟だったため、三人それぞれの部屋があった感じですね。

父親の弟……叔父さんにあたる存在でしょうか。叔父さんはゲームが好きでした。プレステもあったしスーファミもあったと思います。

 

そんな中で、叔父さんがゲームボーイで遊んでいたソフトこそ……「ポケットモンスター 赤」でした。

当時はとっくにポケモンブーム真っ盛り(たぶん、ルビサファが出る少し前くらいですね。)だったかと記憶していますが、我が家はなかなかゲームが買えずに、置いてけぼりを食らうこともあったりなかったり。

そんな中でやはりポケモンは衝撃的だった、というわけですね。

 

親にねだってポケモンゲームボーイを買ってもらったのはそれから少ししての話だったかと思います。僕が買ったのは青ですね。ゴルバットドット絵が怖いという噂のあれです。

 

 

それが、僕のポケモン人生の始まりとなるのですが……続きはまた次回。案外、話が長くなってきそうですね。こりゃもうびっくらこいた。書きたいことは山ほどあるのにね。

それではまた。

 

追記。

 

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不夜城キャスターきた。