増刊 かわらや日記

巫夏希の日常

英雄譚なんて、僕には似合わない。第28話③

「……わ、分かった。聞こう、聞こうじゃあないか。その『野暮用』というのを。ただ、私たちがそれを叶えられるかどうか……」
「あら、十分叶えられるはずのことだけれど。別に『あなたたちの命が欲しい』なんて無茶なことを言っている訳じゃあないんだし?」
 ぞわり、とそこに居るリザードマン全員の鳥肌が立った。
 実際には鱗がついているから、鱗がついていない部分だけとはいえ、それでも寒気がしたことには変わりない。
 今、笑顔で彼女はなんと言った?
 私たちの命を欲しい、と言っている訳じゃあない?
 だとすれば、いったい何の目的で、彼女はここにやってきたのか?
「……私は、『剣』を求めてここにやってきた。剣は何処? 教えてくれる人が何処に居るのかしら」
「剣……だと? あれを取られてしまっては、我々は何も出来ない! あれは我々の始祖が大事に保管しているものだ!」
「そう。ああ、そういえばリザードマンの始祖ってずっとここに居続けたのよね。なんとまあ、窮屈なこと。海だらけの部分って、とても退屈だったろうに」
 一息。
「じゃあ、あなたがそこへ案内することは出来る? だって、あなた村長でしょう? いろんな人がそう言っているものね。そうじゃあないと嘘は吐かせないですよ?」
 ぐちゃぐちゃな言葉遣いだ、と村長は思っていた。
 まるで幾つもの人間の魂がその中に入っているような、そんな気持ち悪い感覚。
 何故そんな感覚が咄嗟に思いついたのか、ということは置いておくとして。
「……分かった。私が案内しよう」
 村長は、ゆっくりと息を吸って、やがてそう告げた。
「村長!」
 リルーの言葉に、村長は答えない。
「あなたたちのリーダーが寛大な性格でとても助かったわ。それじゃあ、案内してちょうだい。一応言っておくけれど、嘘の場所に案内するとか、闇討ちをするようなら……どうなることか、分かっているわね?」
「そんなことを出来るほどの余裕が、今の私たちには無い」
 そうして、村長とオール・アイのみで、祠へと移動することになった。
 祠の前に到着すると、村長はゆっくりと扉を開けた。
「ふうん、カトルと同じデザインなのね。やっぱり『ガラムド』が啓示で命令した通りの建物と言った感じかしら……」
 何かをぶつぶつと呟いているようにみえるが、そんなこと村長には関係なかった。
 今の彼は、どうやってこの状況から解放されるかどうか、そんなことを考え続けていた。
 そして、村長は一つのプランを考えついた。
 扉を開けると、彼は急いでその剣を手に取った。
 しかし、それよりも早く、オール・アイの構えていたナイフが彼の右手を切り落とした。
「あがああああああああああああっ!!??」
 自らの切り落とされた腕を見つめながら、腕がついていた場所を左手で押さえる。
 しかし、押さえたところで血はどんどん吹き出してくる。
「残念だ。非常に残念よ。……もし普通にしていたら、痛みを与えること無くそのままあの世へと送っていっただろうに。変な抵抗をするから」
 笑っていた。
 こんな状況であるにも関わらず、オール・アイは笑っていた。
 苦しみもがく状況を見つめて、ただただ笑っていた。
「貴様は……狂っている……!」
 あまりの痛さに、倒れ込む村長。しかしその目線は未だオール・アイを追っていた。
 オール・アイは告げる。
「狂っている? そりゃあ、そうでしょうね。人間の観点から、或いはリザードマンの観点から見ても、私は狂っているのかもしれない。けれど、私は人間じゃあない。世界を超越した力を持つ『眷属』。その意味が分かるかしら? 私は、神に近しい力を持っているということなのよ」
「……何だと……」
 村長は痛みを必死にこらえながらも、会話に参加する。
 しかし、徐々に痛みの方が勝り、そして血も出すぎたのか、意識が朦朧としてくる。
 オール・アイは笑みを浮かべ、村長の顔を見つめる。
「安心しなさい。直ぐにこの村のリザードマンすべてを送って上げるから。これはあなたが犯した罪の罰よ。……ま、私が剣を手に入れたことを誰にも知られたくないからやる、ただの隠蔽工作に過ぎないのだけれど」
「貴様……」
「だから、安心して、死になさい」
 そして。
 オール・アイの持っていたナイフは、リザードマンの心臓を的確に捉えた。

 

英雄譚なんて、僕には似合わない。第28話②

「……私は、長く生きすぎたのだろうか。そうは思っていなかった。だが、私は、こうも長くリザードマンとして生を受けるつもりは無かった。友人がどんどん居なくなり、後は私だけ? そんな世界には長く生きたくなかった」
「……村長、落ち着いてください。今、あなたが落ち着かねば誰が指揮官として役目を果たそうというのですか」
「もう少しだけ、話をさせてくれないか」
 バルダルスは、それ以上何も言えなかった。
 村長は名残惜しそうに、話を締めくくる。
「若人よ。今起きていることを何とか乗り越えて……それでも何度か様々な難題に直面するかもしれない。そのときは、どうか諦めずに今回のように力を合わせて欲しい。……ああ、言い直そう。別にリルーたちに向けて言っている訳じゃあない。今、ここに居るリザードマン、全員が対象だ。そうでなくては、何も始まらない。一人で出来ることなど、限られている。意味が分かるかね? 複数人なら、解ける問題もあるということだ。だから、絶対に諦めてはいけない。そのときこそ真価が問われるというものだ。その『友情』というものが、」
「はい。話はお終い」
 唐突に、話題が中断する。
 理由は彼の背後に立った、謎の生命体だった。
 それは最初、リザードマンかそれ以外の存在か判別はつけられなかった。だから、どんな言語を話しているかもラムスたちには分からなかった。
 言語を理解できたのは、学者のリザードマンだ。特にいち早く理解できたのは、リルーだった。
「アース語……、ということはアースの人間ですか……!」
 リルーの言葉に、笑みを浮かべる。
 それは、白と赤を基調とした布を重ねただけの単調な服に身を包んでいた。
 黒い長帽子を被っていたそれは、やがてけたけたと笑い出す。
「ああ、良かった。私たちの言語を理解できるほどの知能があるようで……、本当に良かった」
「む、村長に何をする気だ!」
 ピローは槍を構え、その白衣の存在に矛先を向ける。
 溜息を吐いて、やがて一回転すると、
「……これで、あなたたちにも聞こえるかしら? 聞こえる、というよりは理解できる言葉で話せていると思うのだけれど」
 流暢な言葉だった。
 アースにはそれくらいにこの星の言語が伝わっているのか、と学者が興味を示してしまう程に。
 しかし、それは――それを考えること自体が間違っていた。
「私の名前はオール・アイ。ちょいとこの星には野暮用でね。今落下してくると思う宇宙船に乗り込んでいたのだけれど、ちょいと暇になったものだから、先に乗り込むことにしたの。……野暮用、聞いて貰える?」
 首を抑え付けられている状態にある村長は、何度も小刻みに頷いた。
 それを見たオール・アイは笑みを浮かべると、
「そう言って貰えると助かるよ。楽に終わりそうだ。……私の望みはね、あるものを手に入れることなのよ」
「ある……もの、だと?」
「はい、茶々入れない」
 どこからか生み出した氷のナイフを村長の首筋に突き立てる。
「村長っ!」
「はいっ、動いちゃだめだよ。動いたらその場でこのリザードマン……村長だっけ? の首を掻っ捌きますからねえ」
 歌うように。
 子供が歌を歌うように、そう続けた。
 はっきり言って、狂っている。彼らはそう思ったことだろう。しかし忽然とやってきたその異星人に太刀打ちすることは愚か、触れることすら敵わないのは、彼らの科学力以前の問題であるということには、未だ気づいていない。

 

英雄譚なんて、僕には似合わない。第28話①

「そう言って貰えると、助かるよ。学者は、嫌いじゃあないが、ちょいとばかしいけすかないやつも居ることだしな」
「……それは言わないでおいていただけると助かります。そして、それが誰であるかと言うこともあまり考えないでおきましょう」
「そうして貰えると助かる」
 そうして、リルーとピローの会話は終わった。
「……それで、僕たちはどうすれば良いのですか?」
 ラムスの言葉を聞いて、村長が何かを話そうとして、学者達に目を向ける。
「……残念ながら、今は何も分からない、というのが現状でな。手出しは出来ん、と言ったところだろうか。なので、君たちにはここで待機して貰いたい。何かあったときには直ぐに出撃出来るようにね」
「出撃……ですか。他の親衛隊は呼ばないのですね?」
「現状は、な。何せ未知数の存在だ。今は呼んでも良いかもしれないが、彼らにも家族がある。……これを言ってしまうと、非常に心苦しい話だが、」
 それを聞いたラムスは小さく咳払いする。
「別に良いじゃないですか。つまり、僕とピローは孤児で、誰も家族が居ないから最悪死んでも問題ない、って話ですよね」
「ラムス!」
 リルーが制しようとするところを、村長が手で制す。
「……間違ってはいない。それを否定しようとも思わない。だが、だからといって、君たちの命を無碍にするつもりもない。それは、分かってくれ」
「それは……理解しているつもりです」
「本当かね?」
「村長の前で、嘘を吐くようなタイプに見えますか?」
 言ったのはピローだった。
「ピロー……。まあ、君たちは仲が良かったからな、リルーもそうだったか?」
「ああ、はい。そうです」
 リルーが合間に入って、会話に参加する。
「……君たちは仲が良い。それを忘れてはならない。いや、忘れるというか、実際には、仲が良い友人を作っておくべきと言えば良いか……」
「何を言っているんですか、村長。こんな重要な時に」
「こんな重要な時だからだ、リルー」
 リルーの言葉に、村長はそう返す。
 村長はさらに話を続ける。
「我らリザードマンが短命の種族にある。長生きできても六十年が精一杯といったところだ。……私はね、もう五十七になる。はっきり言って、寿命を迎えてもおかしくない年齢なのだよ」
「村長、こんなときに何を……」
 バルダルスの言葉に、なおも村長は話を続ける。
「私はもう少し生きていけると思っていた、そんな確証は一切無いのにな。そして、仲が良かった友人はどんどん消えていった。文字通りの意味じゃあない、死んだということだ」
 淡々と、村長は話を続けていく。
 それに彼らはただ聞くことだけしか出来なかった。
 話を聞くことだけしか――選択肢か浮かばなかったのだ。

 

英雄譚なんて、僕には似合わない。第27話②

「……どうだか。ま、俺たちはあまり考えない方が良いんじゃ無いか。とにかく今は、村長の警護のことだけを考えて……」
「やれやれ、何というか、いつまでもお前達は真面目のようで不真面目な連中じゃのう」
 そう言われて、ラムスとピローはそちらを向いた。
 そこに居たのは、村長の補佐であるバルダルスだった。
 バルダルスは老齢のリザードマンであり、村長よりも年齢が上だ。だから村長になってもおかしくはないのだが、バルダルス自体がそれを嫌悪しており、現在の補佐役に収まっている、というのが噂の範疇で語られている。
 バルダルスの話は続く。
「今、親衛隊として働いているお前達を特例で村長の家に入れることとなった。勿論、武器も装備したままで良い。何かあったとき、直ぐに向かえるようにするためだ」
「俺たちを……村長の家に、ですか?」
「どうした、何か問題でもあるか?」
「い、いえ。何でもっ」
「じゃあ、早く入って来なさい。……直ぐに村長の家は閉鎖する。衝撃に備える為だ。学者どもの噂によれば、地震が発生するとも音速の波(ソニツクブーム)が発生するとも言われておる。いずれにせよ、外に親衛隊を放置して置いて、殺すわけにもいかないのが今の状態だ。いいかね」
「わ、分かりました」
 ラルスとピローは急いで立ち上がると、踵を返したバルダルスの後をついて行く。
 そうして彼らは中に入る。
「失礼します」
 ラルスとピローはほぼ同じタイミングで頭を下げると、そのまま中へ入っていく。
 かしゃり、かしゃり、と鎧の金属がこすれる音が響く。
「……あの、取りあえず鎧だけ脱いだ方が良いですか?」
 ピローの問いに首を傾げるバルダルス。
「何故じゃ?」
「いや……会議とかしている中で、この音を出すのは少々集中が途切れるんじゃないかなーって……」
「特に気にしなくて良いですよ」
 そう答えたのはリルーだった。
「……あなたたちは、僕たちに無い力を持っている。そしてその力を使って村長を守っている。それって、立派なことじゃないですか。だから、別に気にすることはありませんよ」
「……リルー」
「……ありがとう。こういうときじゃ無いと、君たちに会えないし、話をすることも出来ない」
 リルーは頭を下げる。
「い、いや。君たちは別に何もしていないってわけじゃあないだろう? 僕らには……はっきり言ってしまって、学がない。でも学者になっている君たちはいろいろな作戦を立ててくれている。持ちつ持たれつの関係、とでも言えば良いのかな。そういう風に思えばいいんじゃあないかな」

 

英雄譚なんて、僕には似合わない。第27話①

「しかし、そうなると、リルーの推測が正しいということになります! それだけは考えられません! あり得ないとしか言いようが……」
「しかし、現にこういう意見が出ていることは明らかだ。時間は。どれぐらいで落下する推測だ。……いや、それは既に聞いていたな、二時間だったか。こうもしちゃあいられん。一先ず小島には誰も向かわないようにしろ。そして、我々は厳戒態勢を敷く。その意味が分かるな?」
「……村民にはお伝えしないおつもりですか?」
「伝えないわけがあるか。今から私が話をする」
「村長が直接、ですか」
「そうだ。それ以外にどの方法があるというのだ」
 村長は会議室の奥にある一室へと向かう。そこには放送設備があり、村の一周に設置されているスピーカーからその声を聞くことが出来る。
 マイクロフォンのスイッチを入れ、声を発し始める。
「……これより、緊急の情報を報告する」
 その言葉は、村の中へと響き渡っていく。
『今、空を見上げれば分かることだが、何かが落下してきている。それについて、不安を感じている人も多いことだろう』
 外で待機しているラムスは、スピーカーを通してその言葉を聞いていた。
「結局、隠しきれない、と判断したわけ、か」
 誰にも話すでも無い、その言葉は誰にも届くことも無い独り言だった。
『そして、それは北東の無人島へ落下する見通しが立っており、落下による衝撃も懸念されている。推測では未だ確立出来ていないが……恐らく、村にも衝撃が発生する可能性がある。なので、今から外出を禁止する。また無人島への移動も禁止とする。もし、現時点であの無人島へ向かっている存在を知っていたら、情報を提供して欲しい』
 ぷつり、とスピーカーから音が聞こえ、放送が終了したのをラムスは感じた。
「……何というか、呆気ない説明だったな」
「おい、ラムス。何してるんだ?」
 親衛隊の一人、ピローが声をかける。
「おう、ピロー。どうしたんだ、急に。君から声をかけるなんて珍しい」
「お前がここでぼうっとしているから気になったんだよ。……で、あの話聞いたか?」
「あの話? 今、村長が言っていたことのやつ? だったら知ってるよ、ちょいと野暮用をしていたら運悪くというか運良くというか、その話を聞いてしまってね」
「そうか。だったら良いんだ」
 隣に腰掛けるピロー。
「何というかさ、……俺、怖いんだよ」
「怖い?」
「急に何かやってくるという感覚だよ。分からないか? なんと言えば良いかな、そのやってくる感覚がまるで肌に虫がざわざわと動いているようなそんな感覚だよ。……とはいえ、俺たちリザードマンの肌は硬い鱗で覆われているから、そんな感覚もあまり感じられないといえば感じられないのだがな」
 リザードマンは、背中を中心に堅い鱗に覆われている。
 しかしながら、お腹や膝裏といった部分は鱗ではなく柔らかい肌で覆われていることから、決してその防護は完璧とは言いがたい。
 だからこそ、兵士や親衛隊になったリザードマンは鎧を着けることを強制としている。そうしなければ心臓を狙われる可能性が非常に高いからだ。弱点を常に出しているのと等しい訳だから、それをわざわざ見せつける兵士など居るわけが無い。だから現に、親衛隊であるピローやラムスも鎧を着けているわけだが、
「……俺たちも、どうなるのかな。一度寮に返されるのかな?」
「可能性は高いと思うけれど、なんとも言えないよな。何せ、俺たちの目的は村長の警護だ。でも村長の家に武器を持ち込むことは緊急時を除いて禁じられている。それに今は重要な会議中だし。……案外、俺たちの命なんて軽く思われているかもしれないぜ」

 

英雄譚なんて、僕には似合わない。第26話③

「現在、調査段階ゆえ、推測の域を出ませんが、あれは人工物であると考えられます」

 それを聞いた学者たちがざわつき始める。そんな推測など情報共有していない。彼らにとっては予想外の言葉だった。

 しかしながら、その反応は、勿論リルーには想定通りだった。

「……続け給え」

 村長だけが、平静を保って聞いていた。

「ありがとうございます」

 一息。

「……人工物の規模は定かではありません。しかし、ここ数年の天文学の記録によれば、このような大きな規模の落下物が出るとは、到底考えられないのです」

「成程、つまり君は過去の記録を参照した結果、『自然に落下する物体』では有り得ないということだな?」

「はい。あれはただの落下物ではありません。……ここから先は、私の予測ではありますが、あれには嫌な予感がします。歓迎するかどうかは別として、その人工物に乗る存在の命令を聞いておいた方が良い。そう感じられるのです」

「あれには何か乗っていると言いたいのか」

 しかし、それならば村長の聞いた啓示と予測は一致する。

 どのぐらいの規模によるかは置いて、その落下物が着水した程度で得られた影響など高が知れている。天を裂き、大地を砕く。その啓示には合致しないのだ。

 では、その啓示はどうやって実現されるのか。

 これは……村長は信じたくなかっただろうが、人工的なものではないか、と予測していた。大地を砕く程の莫大なエネルギーが発生するのではないか、彼はそう予測していたのだ。

 そして、それと同じ予測を、リルーも立てていた。

「……リルー、だったか」

 村長は重い口を開ける。

「はっ、はいっ。すいません、過ぎたことを言ってしまいましたかっ」

「いいや、そんなことは考えておらん。……寧ろその予測は私も考えていた」

「村長……様もですか?」

「そうだ」

 村長は頷く。

「私は……出来ることなら、君たちからその不安を払拭する材料を得たかった。だからこうして急いでやって来たという訳だが……、私と同じ予測を立てたのが一人でも居ると言うのならば、私の予測も、『机上の空論』ではないということだ」

英雄譚なんて、僕には似合わない。第26話②

「……若者は強く、だが無鉄砲だ」

「それが若者の取り柄でしょう、若者は先が長い。一度きりの生涯をこんなところで諦めていいものか!」

「……確かに、君の言う通りかもしれないな」

 村長は目を閉じ、なにかを考え始める。

 やがて目を開けると、ゆっくりと頷いた。

「私が悪かった。……話をすれば何か具体的な案が思いつくかもしれん。ならば、早々に話をしようではないか。君が言うのではない、私からこのことについてははっきりと説明しよう」

「村長……」

「何をしょげておる。まだまだ始まったばかりだぞ。ここで諦めたら駄目だと言ったのは君ではないか、ラムス」

 それを聞いたラムスはゆっくりと頷いた。

「た、大変ですっ」

 そんな時だった。

 祠の前に、親衛隊の一人がやってきていた。

「ここには立ち入りを禁じているはずだが?」

 目の前にラムスが居るにも関わらず、村長はそんなこと関係ないように告げた。

 親衛隊の男は申し訳ございませんと頭を下げて、

「村長にどうしても話しておきたいことがありましたゆえ、こうして禁忌を犯している次第でございます。確かに、これはやってはならないこと。それは私たちも重々承知しております。しかしながら……」

「良い。それ以上は時間の無駄だ。それで? いったい何が起きたというのか、告げてみよ」

「はっ。実は……」

 すっ、と。

 彼は天を指差した。

 それを見た彼らは首を傾げるが、やがてそれを補足する説明が追加された。

「……天から光が落ちてきているのです。正体不明の、神からの贈り物のようにも見えるものなのですが」

「なにっ、天から光だとっ」

 慌てて外に出る村長。

 そして村長はそれを両の眼ではっきりと捉えた。

「おお……確かに、天から光が降ってきておる……。啓示は、間違っていなかったというのか!」

「は? 啓示、ですか」

「そんなことはどうだっていい! あれは何処に落ちる予定だ、はっきり述べ上げよ!」

「はっ。今調査を進めておりますが、このままの速度で向かいますと……、」

 


 ……およそ、二時間後には村の北東にある小島に落下するものと見られます。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 村長の家、その中にある村役場の一室。

 既にその『天翔ける光』についての対策室が設置されていた。

「村長! 何処に向かっておられたのですか、我々は急いで調査を進めているところですが」

「そんなことはどうだっていい! 今は何処まで、何処まで調査が進んだ」

 学者の一人、リルーが手を挙げて述べ始める。

英雄譚なんて、僕には似合わない。第26話①

「……天を裂き、大地を砕く啓示だよ」

 やがて一言だけ、村長は告げた。

「それは……!」

「文字通りの意味じゃて。何せ、それを聞いたのはここに居る、ファランクス様だからのう」

「……ファランクス様がそのようなことを……?」

「嘘ではないだろう。だが、いつやってくるかも分からぬその災厄に、我々はどう立ち向かえば良いのか……、それが問題だ」

「では、どうなさるおつもりですか。それを公表されるとか……」

「公表したところで何も変わらん。……強いて言うならば、混乱だけを招くものだよ」

「では……このまま公表なさらないつもりですか。その啓示が、もし本当ならばっ」

「分かっている!」

 村長ははっきりと言い放った。

 しかしその語気からは凄味などは感じられない。

「分かっている……が、これ以上はどうしようもない! はっきり言ってしまえば、我々の負けだ。何もできやしない!」

「……しかし、それでは我らリザードマンに死を言っているのと同義です」

「それは……!」

 これ以上は議論の無駄だ。

 彼はそう思って、祠を出ようとする。

 しかし、それよりも先に村長の手が彼の手を捉えた。

「何をするつもりですかっ。このままでは、我らはただ黙って死を待つだけになるでは無いですかっ!」

「だが、知らなければ幸せのまま終焉を迎えられる! 知ってしまえば絶望に悲観したまま終焉を迎えてしまう! それだけは避けねばなるまい、それだけは避けなくてはならないのだ」

「あなたは……っ」

 思いきり力を込めて、村長の腕を振り解く。

 村長は悲観に暮れた表情を浮かべたまま、ただじっとラムスを見つめていた。

 彼は村長の親衛隊だ。力には自信がある。それが例え村長相手であったとしても、その村長を力で捩じ伏せることだって出来る。

 でも、彼はしたくなかった。それをしようとは思わなかった。それをするはずがなかった。村長に崇敬の念を抱いており、村長を尊敬しているからこそなることが出来る『親衛隊』という職業を蔑ろにすることなど、彼には出来なかったのだ。

「……僕は、いや、私はこの事実を村のみんなに伝えます」

「伝えて、どうするつもりじゃ……」

「伝えて、それから、みんなで考えます。終焉を迎えない為にはどうすればいいのかを考えます」

「それで答えが出なければっ」

「その時は、その時でしょう。あなたみたいに既に諦めているわけではないっ。何処かに逃げ道を、答えを求めているのですから」

英雄譚なんて、僕には似合わない。第25話③

 村長の言葉は、はっきりと伝わっていた。
 しかし、動くことが出来なかった。
「……ラムス。もう一度尋ねるぞ。見ておったのだろう? 正直に答えなさい」
 そして、彼はゆっくりと、口を開けた。
「……はい。申し訳ございません。裏口から出る村長様の姿が見えたものですから……」
 それを聞いた村長は深い溜息を吐く。
「やれやれ、気づかれないようにしたつもりだったがな……」
 そして、村長はゆっくりと振り返り、ラムスと対面する。
 ラムスはすっかり顔を強張らせていた。これからどんな罰が待ち構えているのか、と恐怖が彼を包み込んでいた。
 それを見ていた村長は、再び溜息を吐くと、
「別に苛めるつもりは無い。いいから、中に入ってきなさい」
「……宜しいのですか?」
「良い。私が許可する」
 そうして、恐る恐る、彼は祠の中へと入っていく。
 中はひんやりとしていた。まるでそこだけ空気の時間が止まっていたような、そんな感覚に陥らせた。
 祠の中は狭く、彼と村長が入ってしまうともういっぱいになってしまうくらいの狭さだった。
 そして祠の奥には棺が立てかけられており、剣が両手に抱かれていた。
「……あれは、一体何なのですか? 剣、のように見えますが」
「その通り。あれは剣だよ。……一万年以上も昔の話だ。かつてこの星がもっと広い場所だった頃の話、人間が争い、そして星は分裂した。その昔話は聞いたことがあるだろう」
 こくり、と頷くラムス。
「これは、そのときに使われた剣だよ。そして剣を持っているのはかつてのリーダーであり、我らリザードマンの英雄であるファランクス。今は風化してしまっており、ミイラと化してしまっているがね。彼の剣を、私たちはずっと守り続けているのだ。それを、神と同じく扱うために祠も作ってね……」
 一息。
「これは、代々村長になるリザードマンに教え込まれる話だ。だから、村長以外のリザードマンが知ることも無い。それがたとえ歴史の編纂に携わったリザードマンであっても」
「……これは、永遠に守られ続けられるのですか? 僕たちにも、真実を伝えぬまま」
「剣がどこかにあること自体は知られ続けていただろう。そして、ここには最初何が眠っていると考えられていたかね? いや、どう教えられていたか、と尋ねればいいか」
「……ここには、リザードマンの始祖であり偉大なる戦いで戦ったファランクス様を祭っていると、子供の頃から教えられてきました。しかし、こんな剣があるとは……」
 その剣を見て、ラムスは美しいと思った。
 一万年以上もこの場所に置かれているはずなのに、まったく風化されていないその剣は、まるで風化させまいという何かの怨みにも似た感情が働いているようなそんな感じにも思えた。
「……さて、戻る前に、お前に話しておかねば成るまい。何故、私がここにやってきたのか。そして祠の扉を開けたのか」
「祠の中身を確認したかった……ということですか? 誰かに盗まれていないか、とか」
「ほう。結構良いところを突いてくるな。……間違っていないよ、今朝そういう『啓示』があったのだ」
 啓示。
 村長は代々、そういった啓示を受ける一族の元に成り立つ。
 そしてその一族は、リザードマンの中でも優秀な血筋を持った存在であると信じられてきた。
 その村長が、不穏な啓示を受け取ったのだ。
 だから、祠にやってきたのだろう。
「それは……どんな啓示なのか、教えていただくことは出来るのですか」
 ラムスの言葉に、やがてゆっくりと村長は頷いた。

英雄譚なんて、僕には似合わない。第25話②

 そんな封建的な村は、存続している。他者との交流を絶って、他者との影響を受けずに。
 それは村長の命令であり、人数が減少の一途を辿るリザードマンの決断でもあった。ここで仮に人間を出迎えたら、彼らの血がさらに薄まる可能性がある。村長はそう考えていたのだ。
「しかし、このままでは……」
 このままでは、リザードマンが滅びる。
 トロワという惑星に知的生命体が全く住み着かない惑星と化してしまう。
 きっと、それは村長も把握している事態のはずだ。しかし、村長が何か命令を出さないと、動くことが出来ないのがこの村のリザードマンである。
 リザードマンは上下社会であり、その上下の繋がりがとても強い。だからこそ、こういうものが成立出来ているとでも言えば良いのだろう。
「しかし、このままでは……」
 彼は考える。
 村長はきっと、何も考えていない、と。
 だから村長に従うべきでは無い、そう考えていた。
 勿論そんなことを言える心意気が無い。それに彼は村長の警備に当たっている。
 言ってしまえば、いつでも村長の寝首を掻くことが出来る。
 村長はいったい何を考えているのだろうか?
 村長はいったい、何をすれば良いと思っているのだろうか?
 彼は考える。しかしそれは村長にしか分からないことだ。彼がいくら考えようったって、それが分かる訳では無い。その思考はリザードマンそれぞれにある思考なのだから。
 ふと、彼が村長の家に目をやると、村長が裏口から外に出る様子を目撃した。
 村長は何か様子がおかしかった。きょろきょろあたりを見渡して、まるで何かに怯えているような、そんな感覚だった。
(……気になるな)
 単なる興味のつもりだった。
 ただ興味が湧いただけだった。
 そこで気づかないふりをしていれば――よかったものを、彼はそれについていってしまった。
 村長に気づかれないように、一定の距離を保ちつつ、姿を隠して進んでいく。
 そして村長が到着した場所は――村の奥にある石造りの祠だった。そこは普段立ち入りを禁じられており、それは村のリザードマンの共通認識だった。
 しかし、村長は、その扉をゆっくりと開けていったのだ。
「あそこが開くなんて、見たことが無い」
 気づけば、彼はそんなことを呟いてしまっていた。
 はっと気づいた頃にはもう口から言葉が出てしまっていた。
 慌てて手で覆うがもう遅い。しかし声のトーンが小さかったからか、村長にまで届くことは無かった。
「……いったい、あの中には何があるんだ……?」
 彼はさらについていくことにした。
 祠の中を覗き込むと、村長が棺に向かって頭を下げ、両手を合わせていた。
 それはまるで祈りのポーズにも似た何かだった。
 そして何か呟いているようだったが、流石にそこまでは聞こえない。
「……もう少し近づけば聞こえるかもしれないが……流石に近づきすぎる。もうこれ以上は分かりそうに無いな」
 そう思って、元の場所へ戻ろうとした――そのとき、
「ラムス。見ておったのだろう」
 村長の冷たい声が聞こえた。